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常勝将軍「源義経」から学ぶ

2017-07-30

壇ノ浦の戦いで平氏を打ち取るも、実兄・頼朝の不興を買い非業の死を遂げた源義経は1159年、源義朝と常盤御前との間に生まれました。

義経が生まれた年に平治の乱が勃発、生まれて1年足らずで父は平氏に敗れて無念の最期を迎えます。

こうして生まれながらにして一家離散という不幸な境遇に置かれた義経は、母とも引き離され、僧になる修行をするため10歳で京都の鞍馬寺に預けられます。

ここで初めて自分の父親が平氏に敗れたことを知り、父の敵討ちを心に決めて鞍馬の山奥で密かに剣術の修行に励みました。

15歳の頃、このまま出家してしまったら平氏打倒を果たせないと考え、つてを頼って奥州に向かい藤原秀衡(ひでひら)に保護されます。

ここでさらなる鍛錬を積んだ義経は、頼朝が平氏討伐に打って出たという報せを聞き、頼朝のもとに駆け付けたのでした。

ここから軍略家としての才能を開花させたものの、平氏討伐最大の功労者となる一方で頼朝との間に生まれた溝は埋まることなく、武将として活躍したのはわずか2年、30歳という短い生涯を終えました。

義経は、セオリーに捉われない革新的な戦術で知られていますが、相手の裏を突く「兵は詭道(きどう)なり」や、スピードと機動性を重視した「兵は拙速(せっそく)を尊ぶ」といった兵法は、現代のビジネスにおいても参考になっています。