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鶏肋(けいろく)

2020-04-23

日本と中国で等しく愛されている書といえば『三国志』でしょう!

日中文化交流協定締結40周年記念特別展「三国志」は東京国立博物館で今夏大盛況、九州国立博物館で1月5日まで開催されています。

そこで今回は世の流行に乗り『三国志』にちなんだ故事成語をご紹介いたしましょう。

史書『三国志』、また広く愛読されているストーリー仕立ての『三国志演義』は、魏(曹操)・呉(孫権)・蜀(劉備)が鼎立した時代を描いています。

219年、劉備は漢中(現:陝西省漢中市地域)を平定して漢中王を自称した後、221年に蜀を建国し皇帝となったわけですが、魏vs蜀の漢中攻防戦のキーワードが「鶏肋」でした。

劉備軍を攻めあぐねていた曹操にある日、夕食として鶏の羹(あつもの)が供されます。

出汁も兼ねて煮込まれた「鶏肋=鶏のあばら骨」をしゃぶりながら「鶏肋、鶏肋~」と呟く曹操。

その独り言を主命と勘違いして伝令が全軍に触れ回ったところ、魏きっての秀才・楊修はひとり撤退の準備を始めたのだとか。

曰く「鶏肋には味もあり捨てるには惜しいが食すべき肉は付いていない」つまり曹操が漢中の地を「鶏肋」と見なして引き揚げる意図と読んだのでした。

実際のところ曹操は臣下の慧眼を是とせず、ついには敗走するに至るのですが、この「鶏肋」から間もなく219年の内に楊修は処刑されています。

理由には諸説あり「世子・曹丕ではなく弟の曹植についていたから」「かつての敵・袁術の外甥だったから」・・・

『演義』では「下してもいない命令を流言」したことを表向きの罪状とし、何より常日頃から「心中を見透かされているようだったから」と記しています。

真実は曹操のみぞ知るですが、切れ者の部下を生かすべきか、リスクを考え排すべきか。

ちょうど1800年の長きに渡って論じられてきたこのテーマ、あなたにとって「鶏肋」の故事はどのような味わいをみせてくれるでしょうか。

ところで余談ですがこの「鶏肋」、中国では若い世代も使います。

例えば「このアプリ“鶏肋”だよね」とか「いまの彼氏は“鶏肋”みたいなものなの」とか。

これぞ現代に生きる故事成語なのかもしれませんね。